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節句人形の歴史<br />端午の節句

端午の節句の由来

力強い生命力に満ちた初夏の訪れを告げる5月5日、
男の子の健やかな成長と立身出世を願う「端午の節句」。その起源は古代中国に遡り、厄払いの行事として行われていたものが日本に伝わりました。
日本では、奈良時代から平安時代にかけて宮中で行われるようになり、
武家社会が台頭する鎌倉時代以降、菖蒲(しょうぶ)の葉が武道の象徴とされたことや、
「尚武(しょうぶ)」という言葉に通じることから、特に男の子の成長を祝う重要な節句として定着しました。
江戸時代には、武士の象徴である鎧や兜を飾り、庭に鯉のぼりを立てるなど、現在のような形へと発展していきました。

歴史、文化的な背景

端午の節句は、武家社会の隆盛とともに、日本の文化に深く根付いていきました。
鎧や兜は、戦場で身を守るための道具であると同時に、武士の魂や誇りの象徴でもありました。
そのため、五月人形として飾られる鎧や兜には、男の子が強くたくましく育ち、将来、社会で活躍できるようにとの願いが込められています。
また、空高く舞い上がる鯉のぼりは、「鯉の滝登り」の故事にちなみ、
困難を乗り越えて立身出世する象徴とされています。

これらの飾り物には、親が子を思う強い愛情と、未来への希望が託されているのです。
端午の節句は、日本の武士道精神や家族の絆を今に伝える、大切な文化遺産と言えるでしょう。

子供の成長祈願

端午の節句の最も重要な意味は、男の子の健やかな成長と将来の成功を祈願することです。
飾られる五月人形は、子供の身代わりとなり、病気や災厄から守ってくれると信じられています。
鎧や兜は、困難に立ち向かう勇気と強さを象徴し、鯉のぼりは、逆境を乗り越え、目標を達成する力を与えてくれるとされています。
この日には、粽(ちまき)や柏餅といった縁起の良い食べ物を家族で囲み、
男の子の成長を喜び、将来への希望を語り合います。端午の節句は、子供たちが自身の成長を実感し、
家族からの温かい愛情を感じながら、未来に向かって力強く歩んでいくための大切な節目となるのです。

暮石人形(くれいしにんぎょう)は、名古屋の地で100年以上にわたり、節句人形の専門店として皆さまに支えられてきました。
これからも「お節句」の伝統文化を大切に受け継ぎ、発信していきたいと考えております。
このページの情報が、皆さまの「お節句」をより楽しく有意義なものにし、お子さまの笑顔あふれる未来へのきっかけとなれば幸いです。

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